沈黙のメッセンジャー『イヌクシュク』

カナダの至る所で見受けられる『イヌクシュク(inuksuk)』。アラスカ、グリーンランド、カナダ北部の先住民イヌイットが、様々な目的で使った石像だ。

最初これらを見かけたのが、やけにお店の店先ばかりだったので、私はてっきり日本の「招き猫」、ついでに仙台の「仙台四郎」のような、縁起を担ぐ商売繁盛のシンボルかと思った。

しかしその後、個人の家の玄関先やカナダグッズのデザイン等に浸透しているのを見て、そうではないことを知る。

確かに現在は文化的シンボルとして使われることが多いだろうが、本来の像の目的・用途は多岐に渡り、それゆえいろんな形が存在するのだ。

あるものは精神的な拠り所や崇拝的なシンボルとして。
また、あるものは地理や狩りの目印や道しるべ・伝言板といった実用的な機能として。

トロント国際空港のイヌクシュク
ちなみに、『イヌク』は『人間』を指し、『イヌクシュク=人間としての能力を持つ』という意味だそうだ。いろいろな形のあるイヌクシュクの中でも、特に人間の形をしたものは、『イヌンガーク(人間的な様態)』と言うらしい。
  
私たちが街で見る像は単なるシンボルでも、実際に氷に覆われ、同じような景色が果てしなく続く土地に生きるイヌイットたちにとっては、まさに生きる上で重要なものであろう。

また、像は、彼らイヌイットの伝説や星座、或いはあやとりの型にまで登場するそうだ。先祖が建てた石像は、何代も後のイヌイットたちに種族の継続を意識させる誇り高き象徴に違いない。

厳しい自然の中で発せられる、永い時間を経ても変わらない沈黙のメッセージ――。人間の形を取りつつも、言葉を使わずに、精神的・物理的コミュニケーションの役割を果たしている。

何だか、私たちが普段利用している通信手段での言葉が、ちょいと薄っぺらに思えてくる。言葉の大量生産・大量消費とでも言おうか。

いつかカナダ北部に行って、今も使われている実際のイヌクシュクを前に、その石像が幾度となくガイドしたであろうその時間と、メッセージを受け取ったイヌイットたちを感じてみたいな。


イヌクシュクの25¢コイン
ペーパーウェイト


カナダ・ヌナブト準州の州旗


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